懐かしのマイナー馬たち

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あまり取り上げられることのない思い出の馬をきままに語ります。

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松永幹夫騎手引退日の奇跡~ブルーショットガン

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プロフィール

ブルーショットガン

1999年5月2日 牡馬

父  サクラバクシンオー

母  オギブルービーナス

母父 スーパークリーク

厩舎 武宏平(栗)

68戦7勝

主な勝鞍 阪急杯(G3)

 

競走生活

JRA

2歳:5戦1勝 新馬

3歳:13戦3勝 清水S(1600万下)、キーンランドC(1000万下)、500万下

4歳:6戦1勝 桂川S(1600万下)

5歳:10戦0勝

6歳:10戦1勝 六甲アイランドS(1600万下)

7歳:10戦1勝 阪急杯(G3)

8歳:8戦0勝

9歳:5戦0勝

10歳:1戦0勝

 

2歳夏の函館でデビューすると折り返しの新馬戦を後にダービー3着となるマチカネアカツキを抑えて初勝利を挙げます。

その後、萌黄賞2着などがありましたが、勝ちきれず、3歳夏に再び函館に参戦すると3戦目の500万下を0秒9差で圧勝し、続く札幌のキーンランドC(1000万下)も圧倒的1番人気に応え連勝します。さらにオープンの札幌日刊スポーツ杯でも2着に入ります。

秋を迎え3戦目の清水S(1600万下)を勝利し、オープン入りします。

4歳は得意の夏の北海道から復帰すると3戦好走するも勝ちきることはできず、休みの間に降級していたため、秋に桂川S(1600万下)に出走し、勝ちを収めます。勝利しても1600万下であったため、格上挑戦した2回の函館SS(G3)や札幌日刊スポーツ杯(OP)を含め好走を続けますが、勝ちきるまでには至らず、6歳の暮れを迎えます。

この6歳最後の出走となった六甲アイランドS(1600万下)を勝利し、再度オープン入りとなります。

7歳となり2戦した後にこの日引退となる松永幹夫騎手を鞍上に迎え、阪急杯(G3)に挑みます。前走が13着で、かつ苦手の不良馬場ということもあり、11番人気の低評価でした。しかし、中団からレースを進めると直線では馬場の真ん中から1番人気のオレハマッテルゼを差し切り、重賞初制覇を飾るとともに松永幹夫騎手の引退に花を添えます。

その後は、着順ほどは負けていないものの函館SS(G3)での3着を最高に、10歳まで障害レースも含めて走りましたが、再び勝つことはできず引退し、阪神競馬場誘導馬となりました。

 

 

血統構成

サクラバクシンオースプリンターズSを連覇し、1400メートル以下で12戦11勝という名スプリンターでした。種牡馬入り後も自身のスピードをよく伝え、高松宮記念ショウナンカンプビッグアーサーNHKマイルCと朝日杯を勝ったグランプリボス中山大障害中山グランドジャンプブランディスを輩出しています。また、母の父としてもG1を7勝したキタサンブラックなどを輩出しています。

母オギブルービーナスはJRAで2勝を挙げた後、繁殖入りし初仔として本馬を産みます。他にも地方競馬を中心に活躍する馬を輩出しています。

母の父スーパークリーク菊花賞武豊騎手にG1初勝利をもたらした他、天皇賞秋・春連覇を達成しています。種牡馬入り後はスイートピーS2着のハダシノメガミや北海道競馬のステイヤーズC2着のハギノハンターなどを輩出しています。

 

私の注目ポイント

なぜ私がブルーショットガンを取り上げたかをご紹介します。

1.松永幹夫騎手引退日に重賞初勝利

毎年2月の騎手引退の時期になると必ず思い出すのが本馬の阪急杯です。鞍上に迎えたのは、この日で引退となる松永幹夫騎手でした。引退日の重賞騎乗となれば、ご祝儀で通常よりも人気になるものですが、本馬は3走前に1600万下を勝ちあがったものの重賞実績もなかったことから15頭中11番人気と低評価でした。また、馬場も苦手な不良馬場ということもあり、私もあまり期待せずに見ていました。

レースはローエングリンが不良馬場にしては速いペースで逃げ、直後に高松宮記念を制する1番人気のオレハマッテルゼが先頭に立とうとするところを馬場の真ん中から本馬が飛んできました。

レース後もしばらく何が起きたのかよくわからないくらいでしたが、騎乗していた松永幹夫騎手も「競馬の神様が降りてきた」というくらいの大激走でした。

松永幹夫騎手はこの後の12Rもフィールドルージュで制して1400勝に到達。ご本人も阪急杯の前に人気馬で負けてしまったため、1400勝は諦めていたというくらいですから、競馬は何が起きるかわかりません。そして競馬の神様に愛された騎手だったのだなと改めて思います。

 

2.無事これ名馬

大きなケガもなく2歳から10歳まで68戦を走り続け、引退後は誘導馬として活躍しました。重賞こそ阪急杯の1勝にとどまりましたが、短距離重賞やOPの常連として多くのレースに参戦していました。

重賞を47戦目に勝ちましたが、大きなケガもなく長く続けていれば良いことがあるという見本のように感じており、自分自身も頑張らなければという気にさせてくれます。

 

3.武家との深いかかわり

武宏平厩舎に所属し、生産牧場は師の弟が前の経営者であった武牧場でした。また、レースでは武幸四郎騎手を鞍上に迎えてデビューし、武豊騎手、武英智騎手も騎乗するなど武家と非常にかかわりの深い馬です。全レース武家というわけではありませんが、ここまでかかわりの深い馬も珍しいように思います。

 

 


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